夫婦喧嘩について
夫婦関係とはいうものの、人と人の関係、
つまりは人間関係です。

特に日本人の場合は「親しき仲にも礼儀あり」といった感覚がありますから、
「最も親しい他人(?)」である夫婦間にも、ある線を引くものです。

しかし、如何に親しいとはいえ人間であり、
感情を持つ生き物であることに変わりはありません。

理にかなっていても、いなくても、「カチン!」とくる時はあります。
その時が夫婦喧嘩勃発の時です。

「理にかなおうが、かなうまいが」といっても、
そもそも喧嘩というのは、理にかなわない場合が多いですね。

喧嘩は理屈でするものではなく、感情が引き金になるからです。
夫婦喧嘩のキッカケは実に些細なことが多いというのもその証拠。

まさに「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」ということわざは、この意味です。
「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」とは、夫婦間で起きる喧嘩は取るに足らない、
つまらないことが原因で起きるが、すぐに仲直りする。

このようなことに、他人が口をはさんだり心配してもしょうがない、
放っておけ、という意味です。

ちなみに、犬というのは、何でも食うものだが、
その犬でさえ見向きもしない、といった意味なのです。

ですので、夫婦間の喧嘩というのは、
通常の社内での喧嘩とか、他人とのもめごととは一線を画するものですね。
やはり夫婦の間というのは、異空間なのです。

また夫婦に限らずですが、男女の間の争いを表わす言葉に、
「喧嘩するほど仲が良い」というのがありますが、
これは、言いたいことを自由に相手にぶつけられるほど、
その二人は何でも言える良い仲なのだ、ということです。

いずれにしても、これらの基盤になっているのは、
喧嘩とはいっても、カラッとしていて陰性ではないということですね。

しかし、夫婦喧嘩がすべてこのような陽性のものとは限りません。
夫婦間のイザコザでも一歩間違えば、
暴力や、果ては殺人のような陰惨な、悲しい結果に終わることがあります。

「可愛さ余って憎さ百倍」ともいいます。
このことわざの意味は、つまり、仲が良い間であればあるほど、
遠慮が無いから、ちょっとしたことが原因で怒りの感情が起きてしまう。

そして可愛いという気持ちが大きければ大きいほど、
いったん憎しみの感情が起きると、
その憎しみも並はずれたものである、ということです。

やはり「親しき仲にも礼儀あり」です。

これは相手の人格を拒否したり否定して、相手との間に線を引くのではなく、
人間関係というものは、己を律し節度を持って接しないと、
大失敗するという教えなのです。